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福島地方裁判所 昭和48年(行ウ)8号 判決

原告 馬淵建設株式会社 ほか一名

被告 福島地方法務局須賀川出張所登記官

代理人 宮村素之 笠原嘉人 大衡淳夫 黒沢幸造 斉藤浩 目黒忠憲

主文

1  本件各訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  原告ら

1  主位的請求の趣旨

(一) 被告は、別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)の表示の登記につき、被告が、昭和四八年六月二二日に朱抹した地積の表示・二九、三一七、七二六平方メートルの回復登記をせよ。

(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。

2  予備的請求の趣旨

(一) 被告が、昭和四八年六月二二日、本件土地の表示の登記中、地積二九三一七、七二六平方メートルを一、七二一、四九五平方メートルと更正登記(以下、本件更正登記という)し、かつ更正前の地積の表示を朱抹した処分を取消す。

(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の申立て

主文と同旨。

2  請求の趣旨に対する答弁。

(一) 原告らの各請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、本件土地を共有している。

2  被告は、昭和四八年六月二二日、本件土地の表示の登記につき、本件更正登記をするとともに、更正前の地積の表示・二九、三一七、七二六平方メートルを朱抹した。

3  本件更正登記及び右朱抹は、いずれも違法である。

よつて、原告らは、被告に対し、主位的に朱抹された地積の表示の回復登記を、予備的に本件更正登記及び朱抹処分の取消しを求める。

二1  本案前の申立ての理由

(一) 主位的請求について

行政訴訟において、裁判所は行政処分の適否の判断のみをなし得るのであつて、行政庁に対し、一定の行為をなすことを命ずるには法律上明文の規定を要するところ、現行法上裁判所が登記官に対し、回復登記を命ずることができる旨の規定は存在しないから不適法な訴えとして却下すべきである。

(二) 予備的請求について

(1) 本件更正登記は、行訴法にいう処分に該らない。

(2) 原告らの各訴えの実質は、原告らと国との間の土地所有権の帰属の争いであつて、原告らは、国を被告として所有権確認訴訟を提起すれば足りるから本件訴訟には訴えの利益がない。

2  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は知らない。

同2の事実は認める。同3は争う。

三  抗弁

本件更正登記は、次のとおり適法になされた。

1  本件土地の地積更正(表示更正)登記の経緯について。

(一) 本件土地の登記名義人である原告らから、昭和四八年三月二七日、土地地積更正登記申請書が提出され、福島地方法務局須賀川出張所登記官(以下、須賀川出張所登記官という。)は、同日これを受付け(同出張所受付第四、二〇〇号)、申請どおり登記簿上の地積一、七一五、七〇二平方メートルを二九、三一七、七二六平方メートルとする更正登記をした。

(二) ところが隣接地の管理者として利害関係を有する前橋営林局長は、昭和四八年六月一八日、須賀川出張所登記官に対し、本件土地の右地積更正登記について、同登記申請は本件土地に隣接する国有地を含めたものであつて、原告らの申請地積は、本件土地の境界を誤つたものであり、本件土地の正しい地積は、一、七二一、四九五平方メートルである旨申立て、地積更正登記についての職権の発動を求めてきた。

(三) 須賀川出張所登記官は、同日、右申出についてその適否を慎重に調査した結果、同月二二日右申出を相当と認め原告らの申請により更正した登記簿の地積二九、三一七、七二六平方メートルを再度一、七二一、四九五平方メートルに地積更正登記したものである。

2  登記官の職務権限と地積更正登記における地積測量図の要件等について

(一) 実地調査権

不動産の表示に関する登記は、不動産の物理的状況を明らかにして不動産取引の安全、円滑に資することを目的としており、これは国民全体の利益にも合致しているから、不動産登記法(以下、法という。)は、登記制度上の国民の協力義務として、不動産の所有者又は所有権の登記名義人に対して、右登記の申請義務を課する(法八〇条一項、八一条一項)とともに登記官は職権をもつて右登記をすることができることとされている(法二五条の二)。本件地積更正登記も表題部に登記された地積を更正するものである以上、もちろん表示に関する登記であり(法七八条、最高判昭四六・二・二三)、登記官が職権でなしうるものである。

そこで登記官が表示に関する登記を職権でする場合はもちろん、申請等によつてする場合でも、その必要な添付書類等により不動産の現況をは握できる場合を除き、登記官は実地調査をする必要があり、法五〇条は登記官に不動産の実地調査権を付与している。

ところで不動産登記事務取扱手続準則(以下、準則という。)によれば、不動産の表示に関する登記申請があつた場合、原則として実地調査を行うものとされている(準則八二条本文)が、官公署等の登記嘱託の場合、申請書に官公署等の作成にかかる図面の添付がある場合、申請書の添付書類又は公知の事実等により申請にかかる事項が相当と認められる場合等には、所要の実地調査を省略して登記してもさしつかえないとされている(準則八二条一ないし三号)。

(二) 地積更正登記における地積測量図を作成する場合の要件

地積測量図が正確に作成されるための要件としては、地積更正をしようとする土地の範囲が現地において明確でなければならない。そしてこの範囲が明確であるためには、現地における当該土地の各筆界点の位置が隣接地所有者等の立会いによつて十分に確認されたものでなければならない。

すなわち、地積更正登記を申請するにあたつては、隣接地との境界を明確にするため、まず、隣接地所有者の立会いを求め、登記簿及び登記所保管の地図等を参考にして登記されている一筆の土地の各筆界点を立会人全員の合意のもとに確認する必要がある。

また、各筆界点の確認が正確には握された場合は、その筆界点に筆界標識を施し、これを測点として正確な測量を行い、測量の結果、得られた測量原図に基づき、地積測量図を作成しなければならない。

このような一連の行為のもとに地積測量図を作成しなければならないものであるが、特に重要なことは、地積更正をしようとする土地の確認が十分正確になされなければならないということである。

すなわち、地積更正をしようとする土地とこれと隣接する土地との境界が明白であつて、その結果が地積測量図に正確に反映されていることを登記官に確認されるものでなければならない。

(三) 地積更正登記で登記官が実地調査を省略してもよい場合

登記官が実地調査を省略する場合は、地積測量図が現地を正確に反映したものであるということを示す資料の添付が必要であり、その資料として、実務の取り扱いは、隣接地所有者の境界についての承諾書及び証明書の提出を求めている。

これら承諾書等については、法定の添付書面ではないが前述のように土地の境界は隣接する土地の所有者の協力なしに確認することは、極めて困難であり登記官が実地調査をする場合においても、これら関係者の立会いを求めて行うものであることから、これらの者からの承諾書等の添付があれば地積更正をしようとする土地の測量は、境界の確認が適正に行われたうえでなされたものと一応推認することができ、この場合は所要の実地調査を省略するのが通常である。

3  本件土地を職権で地積更正登記をなした事由について。

(一) 原告らの地積更正登記申請に基づく登記官の登記について。

原告らの地積更正登記申請書には、隣接地所有者の承諾書等の添付がなく、国有林下げ戻しについての昭和一二年一二月一八日付の行政裁判所の裁判宣告書が添付されていた。この宣告書も地積更正登記の資料の一部となり得るものであるが、これのみによつては、現地における土地の範囲は確認されず、申請書添付の地積測量図の正確性を担保する資料として欠けていたものであつた。

したがつて、須賀川出張所登記官は、実施調査を行うか、または、他の資料等の提示を求めて(法五〇条二項)、原告らの登記申請の受否を決定すべきであつたが、添付資料についての判断を誤り適正を欠く登記を行つたものである。

(二) 前橋営林局長からの登記官の職権発動を促す申出に基づく登記について。

須賀川出張所登記官は、前記前橋営林局長からの地積更正登記の申出については、前項記載の登記のさい、登記官の実地調査が行われていないこと、及び、地積測量図の正確性を推認し得る資料の添付がないこと等の前提事実を踏まえ、申出書及び申出書添付の地積測量図について調査した結果、境界査定書、境界測量簿及び面積計算書等地積測量図の正確性を推認し得る資料が提出され、かつ、これらの資料は、官公署の作成にかかるものであつて、その真正が担保されるものであることから、実地調査をするまでもなく(準則八二条一号、二号)、右申出を相当と認め、登記官の職権(法二五条ノ二)で地積更正登記(法八一条ノ九・一項、同施行細則四九条一項)をしたものである。

右の登記をしたことについては、法六二条の規定により原告らにその旨通知している。

(三) 地積更正登記を経由しているものを再度地積更正登記をすることについて。

不動産の表示に関する登記は、前記のとおり不動産の現況そのものを公示するためになされるものであつて、一旦地積更正登記をした土地についても、その登記された地積に錯誤があれば、再度地積更正登記をすることは法の建前上可能(昭和四六年九月一一日民事三発第五二八号法務省民事局第三課長回答)であり、かつ、これがために関係権利者の権利の内容に直接影響を及ぼすものではない。

以上のように須賀川出張所登記官の職権による本件更正登記は、法の規定にのつとつた適法なものである。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠 <略>

理由

本件訴えの適否について考察するに、被告が原告主張のとおり、本件土地の地積につき更正登記をし、更正前の地積の表示を朱抹したことは当事者間に争いがない。

ところで、本件地積の更正登記自体は何ら本件土地の所有権の範囲に消長をきたすものではなく、仮に更正後の地積の表示が事実とそごする場合には、裁判所における取消しをまたずに、証拠をあげて更正後の地積の表示を覆すことができ、また、更正前の地積の朱抹は本件更正登記に伴い、不動産登記法八一条の九第一項の規定によりなされた附随的な事務にすぎないから、行訴法にいう行政処分に該らず、抗告訴訟の対象とならないというべきである。

そうすると、原告らの本件各訴えは、いずれも不適法であるからこれをすべて却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤貞二 石井義明 平井治彦)

別紙 <略>

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